夏合宿1日目 批評会①(宇津蝉せみこ)

秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる

 

まだまだ暑いと思っていたら、突然の台風にハッとさせられたここ数日ですが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。

三文文士会議事録担当の二年、遥弥生です。

本日は、去る829日に実施されました合宿批評会の第一作目レポートをお届けします。

 

宇津蝉せみこ「天・ゼロ立花ヨミについて」

 

「正直前回の作品と比べて完成度は低いと思う」と自信なさげな作者挨拶で本作の批評会はスタートしました。

質問事項は「作家になるために必要な要素は?」「百合作品の基準とは?またこの作品は『百合作品』か?」と、波乱を呼びそうな問題提起。

 実際に言及があった論点を整理してみていきましょう。

 

①作品の雰囲気について

 前作「墓堀の人々」でも評判だったダークな作風が、今回もどことなく踏襲されていると複数人から高評価。ファンタジックであり、かつ悲壮感漂う絶望的な雰囲気に対しては、「魔法少女まどか☆マギカ」との類似を指摘する人もいました。「言い回しのカッコよさ」からこの世界観の魅力に切り込んだり、「わからない状態」を飽きさせず続ける工夫により主人公の心情を読み手の心情にオーバーラップさせる手法に対する評価も。作品全体の魅力を左右する文章の雰囲気づくりのうまさが称賛されていました。作者は最後のまとめで本作を一場面として含むもっと大きな小説の構想があったのだとしたうえで、いつかかき上げたいと意気込みを見せていました。

 

②世界観について

 やはり前作に引き続き、本作でも唯一神になぞらえられた権威権力に苦しめられ、打倒を決意する人々が描かれていますが、特に本作では「デスゲーム」という閉鎖空間を描く手法を取り、視点主を絞り込んだことでよりその理不尽さが強調されていたようで、前作よりもわかりやすかったという声が目立ちました。また冒頭で「主催者」が姿を現すことで、権力が実体としてとらえやすく、それがテーマのわかりやすさにつながっていたのだろうと評する人もいました。

 一方、後半についてはやや厳しい評価も。主人公の心情描写に重きを置きすぎたせいでしょう、後半の派閥対立や、とつぜん物語の重要な要素となってくるデスゲームのルールは経緯が分かりにくいとの指摘があがっていました。ラストのシーンも形而上学的でとらえどころがなく、かつ物語がぷつりと幕を閉じたかのような展開であったこともあって理解しづらいと主張する人が多かったです。いっぽう、膨大な知識からの引用、オマージュの多発するラストシーンを興味深いと評価する声も。作者は最後の挨拶で「完全に趣味に走りました」と開き直っていました(笑)。

 

③主人公とキーパーソンの関係性、および「百合作品」について

 錯綜した人間関係が描かれ、その一角として身を滅ぼしてなお愛し合った女性二人を描いた前作と異なり、主人公の心情と周囲の人間関係のみに力点が置かれた本作では、女主人公が、キーパーソンとなる女性に心理的に依存している様子が前回よりも濃密に描かれていると評価する向きが多く、とくに前半部における二人の関係の描き方については概ね高評価がなされていました。後半部についてはキーパーソン側のバックボーンが深く描かれなかったこともあって仕上げが雑だったと評価する人もいましたが、全体的には両者の関係性を恋愛関係に比

定する見方が多かったです。

 ところが……。こういう議論を野放しにしない三文文士たち。議場は「二人の関係は百合だけど作品主題は百合じゃない派」「二人の関係は百合で作品の主題もこの二人の関係である派」「二人の関係は百合ではない派」に別れ混沌を極めていきます。「恋愛を友情の上位互換だとする考えは正しいとは言えない」「百合はもっとほんわかしてるんですよ」など数々の名言が生まれました……。作者もこのふたりの関係をもっと丁寧に説明する準備があったようですが、書ききれなかったと本音を漏らしました。

 

④作家の要件について

 最後は少しシリアスな話題。作者の独特の世界観を評価する文脈に絡めて「書きたいものを書き切ること」「書きたいと思うこと」が作家になるために必要な要素だと主張する人が多くいる一方で、現実的な問題として新人賞や出版社、そして読者の存在を十分条件として忘れてはならない、との意見も続々。こちらの議論も白熱しましたが、最後に作者自身が「やはり読者の存在を考えることは大切」と振り返ったうえで、「だからこそいろいろなレーベルが必要。現在の日本の出版文化なら、自分のようなエンタメ色の強い小説でも出せる土壌がある」と締めくくりました。議事録担当者個人としては、なかなか興味深い意見を聞くことができたなと思っています。

 

 宇津蝉先生の作品は、今作も前作に引き続き様々な議論を巻き起こしました。作品の仔細に入っての技術的な批評も面白いですが、たまにはこういう大風呂敷を広げたテーマで話し合うのも楽しいですね。

 次回は第一日第二作葉桜照月「門あるところに安息なし」の批評会レポートをお送りします。