曜日に関する比較言語的な豆知識

随分と久しぶりのチラ裏更新になります。諸事情でアメリカ滞在中の坂本晴人がお送りします。

 

 

 

月月火水木金金なんて言葉が日本語には存在します。

これはかつての帝国海軍で開発された言葉ですね。土日(休み)を返上しても日々の訓練に打ち込む覚悟を示したものとされています。

個人的には勘弁してもらいたいものですが、まあいかにも日本文化的な言葉だと思わないこともありません。

 

ところで、なぜ「月月火水木金金」なのでしょう?

「土日が休みだから、一週間まるまる働くことを表現する為には土日を省いて当たり前じゃないか」というわけでしょうか。なるほどその通りです(土日休みという概念は多分に近代的・慣習的なものですが、ここではそこは気にしないことにします)。

しかしそもそもなぜ「月曜日、火曜日……」という名称の振り方をしたのでしょうか。

当たり前のように受け取ってはいますが、あまりそこまで気にしたことのある人は少ないかと思います。

 

というわけで今回はこの曜日の名称に関する適当な豆知識を紹介していきたいと思います。

実用性は特にありません。特に真新しい論を披歴するわけでもないですし、学術論文みたいに参考文献も引っ張ったりはしないので、暇なときにでも適当に眉に唾付けてお読みくださいませ。

 

 

 

・前提

 

曜日のシステム(概念)自体は古代バビロニアで誕生し、そこから世界各地に広まったと言われています。

したがって、世界中で曜日システムの基本的な部分(特定の天体がその一日を守護するという発想など)が共通しているのは特に驚くことでもありません。

以下で私が説明していくのはその各曜日の命名に関するお話となります。

 

 

 

・日本語

 

とりあえず日本語から始めましょう。

日本語における曜日の名称は、ご存じの通り「月曜日」「火曜日」「水曜日」「木曜日」「金曜日」「土曜日」「日曜日」となっています。

これは七曜(しちよう)の概念から引っ張ってこられた言い方です。七曜とは肉眼で見える惑星、すなわち火星・水星・木星・金星・土星の五つの星と、太陽と月を合わせた七つの天体のことを指します。

なぜこの七つの星が特別視されたかといえば、これらは他の天体(=遥か彼方の恒星。つまり動かない)とは異なる特殊な動きを見せるからですね。

前述したようにこの概念そのものは基本的には世界中で共通する発想となっています。

 

さて、本当ならこれらの惑星および月・太陽の命名理由までしっかりとさかのぼりたいところですが、それをやると更に長くなるのでここではそれらは所与のものとして扱うことにします。

簡単にまとめると五つの惑星は五行説に対応させてそれぞれ名前が与えられ、月は月、太陽は太陽となりました。

というわけでこの七曜の概念が整備され、七つの星はそれぞれ守護する日を割り当てられることになります。その割り当てられた日を曜日というようになり、それぞれの星の名前を関して呼ぶことにしたというわけです。

つまり、日本語においては曜日の名称は七曜の概念に由来しており、その七曜は各天体に対応しているというわけです。

なお、本来的にはこのシステムにおける順序は土日月火水木金となっていますが、その理由の説明に関してはややこしいので割愛します。気になる方は天動説における太陽系モデルを調べてみてください。

(ところで現代の日本人が月火水木金土日という言い方に慣れてるのは学校教育の存在が多分に影響していると思っているのですが、どうでしょう?)

 

 

 

・英語

 

では次に英語に行きましょう。

英語における曜日の表記は、まあおそらくご存知の通り "Sunday" "Monday" "Tuesday" "Wednesday" "Thursday" "Friday" "Saturday" となっております。

"Sunday"から書き始めたのは英語文化においては明らかに日曜日が週の初めだからです。中学の頃に歌でこの順番を教わった人も多いのではないでしょうか?

さて、これらはすべて "~day" となっています。というわけで、その "~" の部分が何かしらの意味があるのだろうことは容易に想像がつきます。

というわけでそれぞれ語源をたどって訳していってみましょう。当然諸説ありますが、一番ポピュラーであろうものを採用することにします。

 

Sunday   "day of the sun"  「太陽の日」の意

Monday   "day of the moon" 「月の日」の意

Tuesday  "day of Tyr"    「テュールの日」の意

Wednesday "day of Woden"   「ウォーデンの日」の意

Thursday   "day of Thor"      「ソーの日」の意

Friday     "day of Frigg"     「フリッグの日」の意

Saturday   "day of Saturn"    「サターンの日」の意

 

このようになりました。

サターンを除いては日本人にはまったくなじみのない名前が並んでいますね。

しかし、サターンが居るのだからある程度察しはつくでしょう。テュール以下、これらはすべて神様の名前です。

なぜ神様の名前を曜日に割り当てたのでしょうか?

基本的なシステムは日本語の発想と共通しているのだから、惑星の名前から振り当てたのでしょうか?

いやそれにしてもまるで合致していないだろう、金星はヴィーナスで火星はマーズじゃないか、と思った方もいるかもしれません。

しかしこれは何にも不思議がることはないことです。

勘のいい人ならとっくにお気づきでしょうが、現代の西ヨーロッパの文化の基盤をなす言語が何であるか。それを考えれば、この地味な、しかし無視できない不整合は簡単に解消されます。

というわけで、他のヨーロッパ諸語を見る前に、それらの文化的な祖である言語を見に行きましょう。

 

 

 

・ラテン語

 

言語学的には英語の先祖はゲルマン祖語であり、ラテン語は直接的なルーツではありません。

しかし、種々の政治的・文化的な過程を経て、イタリア語、フランス語、ラテン語といったロマンス諸語だけではなく、英語、ドイツ語といったゲルマン語派の言語にもその要素は取り込まれていきました。

その結果は明らかなものです。ラテン語における曜日の名称は以下の通りになります。

 

dies Solis     「ソールの日」

dies Lunae   「ルーナの日」

dies Martis  「マールスの日」

dies Mercurii  「メルクリウスの日」

dies Iovis     「ユーピテルの日」

dies Veneris   「ウェヌスの日」

dies Saturni   「サートゥルヌスの日」

 

これらはすべてローマ神話に登場する神々の名前です。

太陽神ソール(Sol)、月の女神ルーナ(Luna)、軍神マールス(Mars)、商業神メルクリウス(Mercrius)、最高神ユーピテル(Iuppiter)、愛の女神ウェヌス(Venus)、そして農耕神サートゥルヌス(Saturnus)。

これを踏まえた上で英語の方に戻ってみましょう。

英語における、曜日に関連する太陽系の天体の呼称は以下の通りです。これらはセーラームーンでも見ていればおなじみのものですが、英語でのつづりに注目してください。

 

Sun     サン     太陽

Moon    ムーン    月

Mars    マーズ    火星

Mercury  マーキュリー 水星

Jupiter  ジュピター  木星

Venus    ヴィーナス  金星

Saturn   サターン   土星

 

さて、いかがでしょうか。

火星から土星まで、ラテン語の神々の名称をはっきりと受け継いでいることが分かるでしょう。

一見"Sun"も受け継いでいるように見えますが、"Sun"は古英語"Sunne"由来なので"Sol"からの派生ではありません。英語における"Sol"の派生語としては"Solar"などになります。

同様に"Luna"も派生語として"Lunatic"などの語で英語の中に存在しています。しかし"moon"は古英語"mona"からと言われているので別物とすべきでしょう。

(ちなみに古典ラテン語においてはアルファベットの"J" "U" "W"は存在しません。したがってユーピテルおよびジュピターの名前の表記はこれで正確です。念のため)

 

 

 

ラテン語の曜日表記を見た今ならば、英語においても曜日の名称は各天体の名称に割り当てられていることがやはりはっきりしました。

ユーピテル以下これらの神々はローマ人の信仰を通して主要な天体にそれぞれの存在を付与されていったのです。その証拠に各天体の名称は神々の名前と一致しています。

そしてこの伝統的な概念は西ローマ帝国が崩壊し、ローマ帝国内ならばどこでも通じた、洗練された共通ラテン語が一般世界からは失われ、言語の現地化(ローカライズ)が不可逆的に進行していっても残りました。

すなわち、この伝統そのものは保持されたまま、各地の各言語は新たな文化を受容・発明していきます。

その結果として生じたのが、英語式の曜日の呼称とラテン語式の曜日の呼称における名称のズレなのです。

 

改めて見てみましょう。

 

Tuesday  "day of Tyr"    「テュールの日」の意

Wednesday "day of Woden"   「ウォーデンの日」の意

Thursday   "day of Thor"      「ソーの日」の意

Friday     "day of Frigg"     「フリッグの日」の意

Saturday   "day of Saturn"    「サターンの日」の意

 

サターンがサートゥルヌスと通じていることは、まあ、なんとなく分かるでしょう。

問題は残りの4つです。ラテン語式の言い方から見ると原型もとどめていません。

しかし、これらの語源となった神々の特徴を調べていくと、実はしっかりと持つべき伝統を持っていることが分かるのです。

 

テュールはドイツ神話や北欧神話における軍神です。一方、マールスはローマ神話における軍神です。

ウォーデンはゲルマン神話の主神の名前で、北欧神話においてはオーディンに相当します。メルクリウスはローマ神話における商売の神であり、どうもつながりがないように見えます。

しかし、これらの神々は全て「知恵のある神」であることが強調されるという共通項を持っています。

ソーはゲルマン神話における雷神です(マーベルコミックに出てくるマイティ・ソーの元ネタはこれです)。実のところ、Thorをドイツ語読みするとトール(トゥール)になるんですよすね。

そしてローマ神話のユーピテルは有名なように雷を自在に扱う神です。

フリッグは北欧神話における愛の女神であり、ローマ神話における愛の女神ウェヌスと同一視されたというわけです。

異説としてフリッグではなくフレイヤという神の名前が挙げられることもありますが、こちらも愛の女神であることには変わりがありません。

 

 

 

以上、日本語・英語・ラテン語における曜日の名称の由来をおおざっぱに解説していきました。

何か間違いなどがあったら指摘してもらえると助かります。調べて直しておきますので。他、何か質問などがもしもあればそれもどうぞ。

こういう知識をそろえておくと、自前でファンタジーを書いたり歴史ものに手を出したりする時に色々と役に立つものだと個人的には思っています。ちゃんとした知識であればあるほどいいですよね。もしちゃんとしたものを書きたいと思っているならば、ですが。

随分長くなってしまったのでここで切ることにします。暇があれば他の言語バージョンもやってみたいところです。

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